なんぢ生命の道をわれに示したまはん なんぢの前には充足るよろこびあり なんぢの右にはもろもろの快樂とこしへにあり
TSK
TSK · ピリピ人への手紙 3:20
مراجع Treasury of Scripture Knowledge في Bungo.
なんぢその訓諭をもて我をみちびき後またわれをうけて榮光のうちに入たまはん
その日ユダの國にてこの歌をうたはん われらに堅固なる邑あり 神すくひをもてその垣その藩となしたまふべし
イエス言ひたまふ『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。かつ來りて我に從へ』
懼るな、小き群よ、なんぢらに御國を賜ふことは、汝らの父の御意なり。
『ガリラヤの人々よ、何ゆゑ天を仰ぎて立つか、汝らを離れて天に擧げられ給ひし此のイエスは、汝らが天に昇りゆくを見たるその如く復きたり給はん』
我らの顧みる所は見ゆるものにあらで見えぬものなればなり。見ゆるものは暫時にして、見えぬものは永遠に至るなり。
されど上なるエルサレムは、自主にして我らの母なり。
されば汝 等はもはや旅人また寄寓人にあらず、聖徒と同じ國人また神の家族なり。
さらば如何、外貌にもあれ、眞にもあれ、孰も宣ぶる所はキリストなれば、我これを喜ぶ、また之を喜ばん。
汝 等もしキリストと共に甦へらせられしならば、上にあるものを求めよ、キリスト彼處に在りて神の右に坐し給ふなり。
それ主は、號令と御使の長の聲と神のラッパと共に、みづから天より降り給はん。その時キリストにある死人まづ甦へり、
今よりのち義の冠冕わが爲に備はれり。かの日に至りて正しき審判 主なる主、これを我に賜はん、啻に我のみならず、凡てその顯現を慕ふ者にも賜ふべし。
キリストも亦おほくの人の罪を負はんが爲に一たび献げられ、復 罪を負ふことなく、己を待 望む者に再び現れて救を得させ給ふべし。
されど汝らの近づきたるはシオンの山、活ける神の都なる天のエルサレム、千萬の御使の集會、
神の日の來るを待ち之を速かにせんことを勉むべきにあらずや、その日には天 燃え崩れ、もろもろの天體 燒け溶けん。
御使、御靈に感じたる我を携へて大なる高き山にゆき、聖なる都エルサレムの、神の榮光をもて神の許を出でて天より降るを見せたり。