詩篇 40:7
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そのとき我いへらく 觀よわれきたらんわがことを書の巻にしるしたり
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Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
そのとき我いへらく 觀よわれきたらんわがことを書の巻にしるしたり
視よ我わが使者を遣さん かれ我面の前に道を備へん また汝らが求むるところの主すなはち汝らの悦樂ぶ契約の使者忽然その殿に來らん 視よ彼來らんと萬軍のヱホバ云たまふ
イエスに言はしむ『來るべき者は汝なるか、或は、他に待つべきか』
言は肉體となりて我らの中に宿りたまへり、我らその榮光を見たり、實に父の獨子の榮光にして、恩惠と眞理とにて滿てり。
されど至高者は手にて造れる所に住み給はず、即ち預言者の
我らは知る、我らの幕屋なる地上の家、壞るれば、神の賜ふ建造物、すなはち天にある、手にて造らぬ、永遠の家あることを。
この故に神の事につきて憐憫ある忠實なる大 祭司となりて、民の罪を贖はんために、凡ての事において兄弟の如くなり給ひしは宜なり。
我らの大 祭司は我らの弱を思ひ遣ること能はぬ者にあらず、罪を外にして凡ての事、われらと等しく試みられ給へり。
此のメルキゼデクはサレムの王にて至高き神の祭司たりしが、王たちを破りて還るアブラハムを迎へて祝福せり。
今いふ所の要點は斯くのごとき大 祭司の我らにある事なり。彼は天にては稜威の御座の右に坐し、
この故に天に在るものに象りたる物は此 等にて潔められ、天にある物は此 等に勝りたる犧牲をもて潔めらるべきなり。
凡そイエス・キリストの肉體にて來り給ひしことを言ひあらはす靈は神より出づ、なんぢら之によりて神の御靈を知るべし。
人を惑すもの多く世にいで、イエス・キリストの肉體にて來り給ひしことを言ひ表さず、かかる者は人を惑す者にして、非キリストなり。