ヱホバよ手をもて人より我をたすけいだしたまへ おのがうくべき有をこの世にてうけ 汝のたからにてその腹をみたさるる世人より我をたすけいだし給へ かれらはおほくの子にあきたり その富ををさなごに遺す
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TSK · コロサイ人への手紙 3:1
Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
ヱホバわが主にのたまふ 我なんぢの仇をなんぢの承足とするまではわが右にざすべし
なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。
「主わが主に言ひ給ふ、われ汝の敵を汝の足の下に置くまでは、我が右に坐せよ」
ダビデ聖 靈に感じて自らいへり「主わが主に言ひ給ふ、我なんぢの敵を汝の足の下に置くまでは、我が右に坐せよ」と。
語り終へてのち、主イエスは天に擧げられ、神の右に坐し給ふ。
ダビデ自ら詩 篇に言ふ「主わが主に言ひたまふ、
それダビデは天に昇りしことなし、然れど自ら言ふ「主わが主に言ひ給ふ、
我らはバプテスマによりて彼とともに葬られ、その死に合せられたり。これキリスト父の榮光によりて死人の中より甦へらせられ給ひしごとく、我らも新しき生命に歩まんためなり。
肉の念は死なり、靈の念は生命なり、平安なり。
我らの顧みる所は見ゆるものにあらで見えぬものなればなり。見ゆるものは暫時にして、見えぬものは永遠に至るなり。
神の大能の勢威の活動によりて信ずる我らに對する能力の極めて大なるとを知らしめ給はんことを願ふ。
降りし者は即ち萬の物に滿たん爲に、もろもろの天の上に昇りし者なり。
汝らバプテスマを受けしとき、彼とともに葬られ、又かれを死人の中より甦へらせ給ひし神の活動を信ずるによりて、彼と共に甦へらせられたり。
汝ら上にあるものを念ひ、地に在るものを念ふな、
又いづれの御使に曾て斯くは言ひ給ひしぞ『われ汝の仇を汝の足臺となすまでは、我が右に坐せよ』と。
然れどキリストは罪のために一つの犧牲を献げて限りなく神の右に坐し、
信仰の導師また之を全うする者なるイエスを仰ぎ見るべし。彼はその前に置かれたる歡喜のために、恥をも厭はずして十字架をしのび、遂に神の御座の右に坐し給へり。