列王記Ⅰ 10:8
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常に爾の前に立て爾の智慧を聽く是等の人爾の臣僕は幸福なるかな
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Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
常に爾の前に立て爾の智慧を聽く是等の人爾の臣僕は幸福なるかな
これは執る者には生命の樹なり これ持ものは福なり
智慧ある者と偕にあゆむものは智慧をえ 愚なる者の友となる者はあしくなる
市場にての敬禮、また人にラビと呼ばるることを好む。
時に惡鬼の出でたる人、ともに在らんことを願ひたれど、之を去らしめんとて、
さて大なる群衆イエスに伴ひゆきたれば、顧みて之に言ひたまふ、
イエス立ち止り、盲人を連れ來るべきことを命じ給ふ。かれ近づきたれば、
主、振反りてペテロに目をとめ給ふ。ここにペテロ、主の『今日にはとり鳴く前に、なんぢ三度われを否まん』と言ひ給ひし御言を憶ひいだし、
夜イエスの許に來りて言ふ『ラビ、我らは汝の神より來る師なるを知る。神もし偕に在さずば、汝が行ふこれらの徴は誰もなし能はぬなり』
遂に海の彼方にてイエスに遇ひて言ふ『ラビ、何時ここに來り給ひしか』
イエス己に臨まんとする事をことごとく知り、進みいでて彼らに言ひたまふ『誰を尋ぬるか』
イエス言ひ給ふ『をんなよ、何ぞ泣く、誰を尋ぬるか』マリヤは園守ならんと思ひて言ふ『君よ、汝もし彼を取去りしならば、何處に置きしかを告げよ、われ引取るべし』
この故に、われ招かるるや躊躇はずして來れり。然れば問ふ、汝らは何の故に我をまねきしか』