汝ら愼みて此の小き者の一人をも侮るな。我なんぢらに告ぐ、彼らの御使たちは天にありて、天にいます我が父の御顏を常に見るなり。
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TSK · ヨハネの福音書 3:15
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それ人の子の來れるは、失せたる者を尋ねて救はん爲なり』
それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。
誠にまことに汝らに告ぐ、わが言をききて我を遣し給ひし者を信ずる人は、永遠の生命をもち、かつ審判に至らず、死より生命に移れるなり。
まことに誠になんぢらに告ぐ、信ずる者は永遠の生命をもつ。
イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。
此 等のことを汝らに語りたるは、汝ら我に在りて平安を得んが爲なり。なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり』
されど此 等の事を録ししは、汝 等をしてイエスの神の子キリストたることを信ぜしめ、信じて御名により生命を得しめんが爲なり。
曰く「あなどる者よ、なんぢら視よ、おどろけ、亡びよ、われ汝らの日に一つの事を行はん。これを汝らに具に告ぐる者ありとも信ぜざる程の事なり」』
斯く我ら信仰によりて義とせられたれば、我らの主イエス・キリストに頼り、神に對して平和を得たり。
然れど今は罪より解放されて神の僕となりたれば、潔にいたる實を得たり、その極は永遠の生命なり。
それ十字架の言は亡ぶる者には愚なれど、救はるる我らには神の能力なり。
人の義とせらるるは律法の行爲に由らず、唯キリスト・イエスを信ずる信仰に由るを知りて、キリスト・イエスを信じたり。これ律法の行爲に由らず、キリストを信ずる信仰によりて義とせられん爲なり。律法の行爲によりては義とせらるる者 一人だになし。
この故に彼は己に頼りて神にきたる者のために執成をなさんとて常に生くれば、之を全く救ふこと得給ふなり。
我らに約し給ひし約束は是なり、即ち永遠の生命なり。
その證はこれなり、神は永遠の生命を我らに賜へり、この生命はその子にあり。