詩篇 36:9
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そはいのちの泉はなんぢに在り われらはなんぢの光によりて光をみん
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Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
そはいのちの泉はなんぢに在り われらはなんぢの光によりて光をみん
ヱホバは眞の神なり彼は活る神なり永遠の王なり其怒によりて地は震ふ萬國はその憤怒にあたること能はず
イエス答へて言ひ給ふ『なんぢ若し神の賜物を知り、また「我に飮ませよ」といふ者の誰なるを知りたらんには、之に求めしならん、さらば汝に活ける水を與へしものを』
祭の終の大なる日に、イエス立ちて呼はりて言ひたまふ『人もし渇かば我に來りて飮め。
凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか』
暫くせば世は復われを見ず、されど汝らは我を見る、われ活くれば汝らも活くべければなり。
みづから凡ての人に生命と息と萬の物とを與へ給へば、物に乏しき所あるが如く、人の手にて事ふることを要し給はず。
汝らは死にたる者にして、其の生命はキリストとともに神の中に隱れ在ればなり。
主は唯ひとり不 死を保ち近づきがたき光に住み、人の未だ見ず、また見ること能はぬ者なり。願はくは尊貴と限りなき權力と彼にあらんことを、アァメン。
御座の前にいます羔羊は、彼らを牧して生命の水の泉にみちびき、神は彼らの目より凡ての涙を拭ひ給ふべければなり』
御使また水晶のごとく透徹れる生命の水の河を我に見せたり。この河は神と羔羊との御座より出でて都の大路の眞中を流る。