されどヱホバはかれを碎くことをよろこびて之をなやましたまへり 斯てかれの靈魂とがの献物をなすにいたらば彼その末をみるを得その日は永からん かつヱホバの悦び給ふことは彼の手によりて榮ゆべし
TSK
TSK · ペテロの手紙Ⅱ 1:17
مراجع Treasury of Scripture Knowledge في Bungo.
その時イエス答へて言ひたまふ『天 地の主なる父よ、われ感謝す、此 等のことを智き者 慧き者にかくして、嬰兒に顯し給へり。
視よ、モーセとエリヤとイエスに語りつつ彼らに現る。
されば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖 靈との名によりてバプテスマを施し、
かくて雲おこり、彼らを覆ふ。雲より聲 出づ『これは我が愛しむ子なり、汝ら之に聽け』
この事を言ひ居るほどに、雲おこりて彼らを覆ふ。雲の中に入りしとき、弟子たち懼れたり。
父は御子を愛し、萬物をその手に委ね給へり。
これ父みづから生命を有ち給ふごとく、子にも自ら生命を有つことを得させ、
朽ちる糧のためならで、永遠の生命にまで至る糧のために働け。これは人の子の汝らに與へんとするものなり、父なる神は印して彼を證し給ひたるに因る』
我を遣し給ひし者の御意は、すべて我に賜ひし者を、我その一つをも失はずして、終の日に甦へらする是なり。
然るに父の潔め別ちて世に遣し給ひし者が「われは神の子なり」と言へばとて、何ぞ「瀆言を言ふ」といふか。
過越のまつりの前に、イエスこの世を去りて父に往くべき己が時の來れるを知り、世に在る己の者を愛して、極まで之を愛し給へり。
ピリポ言ふ『主よ、父を我らに示し給へ、さらば足れり』
これ皆 一つとならん爲なり。父よ、なんぢ我に在し、我なんぢに居るごとく、彼らも我らに居らん爲なり、是なんぢの我を遣し給ひしことを世の信ぜん爲なり。
これ汝らが心を一つにし口を一つにして、我らの主イエス・キリストの父なる神を崇めん爲なり。
永遠に讃むべき者、すなはち主イエスの神また父は、我が僞らざるを知り給ふ。
¶ イエス・キリストの僕にしてヤコブの兄弟なるユダ、書を召されたる者、すなはち父なる神に愛せられ、イエス・キリストの爲に守らるる者に贈る。