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TSK · イザヤ書 55:7

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ヱホバ人の惡の地に大なると其心の思念の都て圖維る所の恒に惟惡きのみなるを見たまへり

汝曾言たまひけらくヱホバは怒ること遅く恩惠深く惡と過とを赦す者また罰すべき者をば必ず赦すことをせず父の罪を子に報いて三四代に及ぼす者と

彼出ゆきてアサを迎へ之に言けるはアサおよびユダとベニヤミンの人々よ我に聽け汝等がヱホバと偕にをる間はヱホバも汝らと偕に在すべし汝ら若かれを求めなば彼に遇ん然どかれを棄なば彼も汝らを棄たまはん

飛脚すなはち王とその牧伯等が授けし書をもちてイスラエルとユダを遍ねく行めぐり王の命を傳へて云ふイスラエルの子孫よ汝らアブラハム、イサク、イスラエルの神ヱホバに起歸れ然ばヱホバ、アツスリヤの王等の手より逃れて遺るところの汝らに歸りたまはん

なんぢもし全能者に歸向り且なんぢの家より惡を除き去ば 汝の身再び興されん

然るにわが心にしれる不義あらば主はわれにききたまふまじ

イスラエルよヱホバによりて望をいだけ そはヱホバにあはれみあり またゆたかなる救贖あり

なんぢら己をあらひ己をきよくしわが眼前よりその惡業をさり 惡をおこなふことを止め

狡猾なるものの用ゐる器はあしし 彼あしき企圖をまうけ虛僞のことばをもて苦しむ者をそこなひ 乏しき者のかたること正理なるも尚これを害へり

われこそ我みづからの故によりてなんぢの咎をけし汝のつみを心にとめざるなれ

山はうつり岡はうごくとも わが仁慈はなんぢよりうつらず 平安をあたふるわが契約はうごくことなからんと 此はなんぢを憐みたまふヱホバのみことばなり

この故に雨はとどめられ春の雨はふらざりし然れど汝娼妓の額あれば肯て恥ず

ヱホバいひたまふ背ける衆子よ我にかへれそはわれ汝等を娶ればなりわれ邑より一人支派より二人を取りて汝等をシオンにつれゆかん

汝また彼らにヱホバかくいふと語るべし人もし仆るれば起きかへるにあらずやもし離るれば歸り來るにあらずや

我惡人に汝かならず死べしと言んに汝かれを警めず彼をいましめ語りその惡き道を離れしめて之が生命を救はずばその惡人はおのが惡のために死んされど其血をば我汝の手に要むべし

若惡人その爲る惡をはなれて律法と公義を行はばその靈魂を生しむることをえん

我は死者の死を好まざるなり然ば汝ら悔て生よ主ヱホバこれを言ふ

我惡人に汝かならず死べしと言んに彼その惡を離れ公道と公義を行ふことあらん

神かれらの爲すところをかんがみ其あしき途を離るるを見そなはし彼等になさんと言し所の災禍を悔て之をなしたまはざりき

なんぢら往きて學べ「われ憐憫を好みて、犧牲を好まず」とは如何なる意ぞ。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて來れり』

禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは酒杯と皿との外を潔くす、されど内は貪慾と放縱とにて滿つるなり。

主これに言ひたまふ『今や汝らパリサイ人は、酒杯と盆との外を潔くす、されど汝らの内は貪慾と惡とにて滿つるなり。

この我が子、死にて復 生き、失せて復 得られたり」かくて彼ら樂しみ始む。

なんぢは此の事に關係なく干與なし、なんぢの心、神の前に正しからず。

又この賜物は罪を犯しし一人より來れるものの如きにあらず、審判は一人よりして罪を定むるに至りしが、恩惠の賜物は多くの咎よりして義とするに至るなり。