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TSK · ルカの福音書 24:44

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又我汝と婦の間および汝の苗裔と婦の苗裔の間に怨恨を置ん彼は汝の頭を碎き汝は彼の踵を碎かん

又汝の子孫によりて天下の民皆福祉を得べし汝わが言に遵ひたるによりてなりと

即ちヱホバ、モーセに言たまひけるは汝の兄弟アロンに告よ時をわかたずして障蔽の幕の内なる聖所にいり櫃の上なる贖罪所の前にいたるべからず是死ることなからんためなり其は我雲のうちにありて贖罪所の上にあらはるべければなり

即ち會衆はその人を殺せる者を仇打する者の手より救ひ出してこれをその逃れゆきたる逃遁邑に還すべしその者は聖膏を灌れたる祭司の長の死るまで其處に居べし

何なればもろもろの國人はさわぎたち諸民はむなしきことを謀るや

わが神わが神なんぞ我をすてたまふや 何なれば遠くはなれて我をすくはず わが歎きのこゑをきき給はざるか

神よねがはくは我をすくひたまへ 大水ながれきたりて我がたましひにまでおよべり

わがすくひの神ヱホバよわれ晝も夜もなんぢの前にさけべり

ヱホバわが主にのたまふ 我なんぢの仇をなんぢの承足とするまではわが右にざすべし

この故に主みづから一の豫兆をなんぢらに賜ふべし 視よをとめ孕みて子をうまん その名をインマヌエルと稱ふべし

ヱツサイの株より一つの芽いで その根より一つの枝はえて實をむすばん

なんぢらの神いひたまはく なぐさめよ汝等わが民をなぐさめよ

もろもろの島よ我にきけ 遠きところのもろもろの民よ耳をかたむけよ 我うまれいづるよりヱホバ我を召し われ母の胎をいづるよりヱホバわが名をかたりつげたまへり

視よわがしもべ智慧をもておこなはん 上りのぼりて甚だたかくならん

ヱホバいひたまひけるは視よわがダビデに一の義き枝を起す日來らん彼王となりて世を治め榮え公道と公義を世に行ふべし

主ヱホバかく言たまふ我高き香柏の梢の一を取てこれを樹ゑその芽の巓より若芽を摘みとりて之を高き勝れたる山に樹べし

この王等の日に天の神一の國を建たまはん是は何時までも滅ぶること無らん此國は他の民に歸せず却てこの諸の國を打破りてこれを滅せん是は立ちて永遠にいたらん

汝の民と汝の聖邑のために七十週を定めおかる而して惡を抑へ罪を封じ愆を贖ひ永遠の義を携へ入り異象と預言を封じ至聖者に膏を灌がん

その後イスラエルの子輩はかへりてその神ヱホバとその王ダビデをたづねもとめ末日にをののきてヱホバとその恩惠とにむかひてゆかん

其日には我ダビデの倒れたる幕屋を興しその破壞を修繕ひその傾\圯たるを興し古代の日のごとくに之を建なほすべし

又われ萬國を震動はん また萬國の願ふところのもの來らん 又われ榮光をもてこの殿に充滿さん 萬軍のヱホバこれを言ふ

シオンの女よ大に喜べヱルサレムの女よ呼はれ視よ汝の王汝に來る彼は正義して拯救を賜り柔和にして驢馬に乗る即ち牝驢馬の子なる駒に乗るなり

我ダビデの家およびヱルサレムの居民に恩惠と祈禱の靈をそそがん彼等はその刺たりし我を仰ぎ觀獨子のため哭くがごとく之がために哭き長子のために悲しむがごとく之がために痛く悲しまん

其日にはヱルサレムの前に當りて東にあるところの橄欖山の上に彼の足立たん而して橄欖山その眞中より西東に裂て甚だ大なる谷を成しその山の半は北に半は南に移るべし

されど我名をおそるる汝らには義の日いでて昇らん その翼には醫す能をそなへん 汝らは牢よりいでし犢の如く躍跳ん

彼らガリラヤに集ひをる時、イエス言ひたまふ『人の子は人の手に付され、

かくて人の子の必ず多くの苦難をうけ、長老・祭司長・學者らに棄てられ、かつ殺され、三日の後に甦へるべき事を教へはじめ、

『視よ、我らエルサレムに上る。人の子は祭司長・學者らに付されん。彼ら死に定めて、異邦人に付さん。

『これらの言を汝らの耳にをさめよ。人の子は人々の手に付さるべし』

彼は此處に在さず、甦へり給へり。尚ガリラヤに居給へるとき、如何に語り給ひしかを憶ひ出でよ。

『かく録されたり、キリストは苦難を受けて、三日めに死人の中より甦へり、

汝らは聖書に永遠の生命ありと思ひて之を査ぶ、されどこの聖書は我につきて證するものなり。

我これらの事を語りたるは、時いたりて我が斯く言ひしことを汝らの思ひいでん爲なり。初より此 等のことを言はざりしは、我なんぢらと偕に在りし故なり。

今より我は世に居らず、彼らは世に居り、我は汝にゆく。聖なる父よ、我に賜ひたる汝の御名の中に彼らを守りたまへ。これ我等のごとく、彼らの一つとならん爲なり。

然れど神は凡ての預言者の口をもて、キリストの苦難を受くべきことを預じめ告げ給ひしを、斯くは成就し給ひしなり。

イスラエルの子らに「神は汝らの兄弟の中より、我がごとき預言者を起し給はん」と云ひしは此のモーセなり。

神はイエスを甦へらせて、その約束を我らの子孫に成就したまへり。即ち詩の第二 篇に「なんぢは我が子なり、われ今日なんぢを生めり」と録されたるが如し。

此のメルキゼデクはサレムの王にて至高き神の祭司たりしが、王たちを破りて還るアブラハムを迎へて祝福せり。

それ律法は來らんとする善き事の影にして眞の形にあらねば、年毎にたえず献ぐる同じ犧牲にて、神にきたる者を何時までも全うすることを得ざるなり。

我その足下に平伏して拜せんとしたれば、彼われに言ふ『愼みて然すな、我は汝およびイエスの證を保つ汝の兄弟とともに僕たるなり。なんぢ神を拜せよ、イエスの證は即ち預言の靈なり』