ヱホバわが主にのたまふ 我なんぢの仇をなんぢの承足とするまではわが右にざすべし
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TSK · マルコの福音書 16:19
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イエス天に擧げらるる時 滿ちんとしたれば、御顏を堅くエルサレムに向けて進まんとし、
さらば人の子のもと居りし處に昇るを見ば如何に。
われ父より出でて世にきたれり、また世を離れて父に往くなり』
今は我なんぢに往く、而して此 等のことを世に在りて語るは、我が喜悦を彼らに全からしめん爲なり。
かくて食したる後、イエス、シモン・ペテロに言ひ給ふ『ヨハネの子シモンよ、汝この者どもに勝りて我を愛するか』ペテロいふ『主よ、然り、わが汝を愛する事は、なんぢ知り給ふ』イエス言ひ給ふ『わが羔羊を養へ』
その選び給へる使徒たちに、聖 靈によりて命じたるのち、擧げられ給ひし日に至るまでの事を記せり。
イエスは神の右に擧げられ、約束の聖 靈を父より受けて、汝らの見 聞する此のものを注ぎ給ひしなり。
ステパノは聖 靈にて滿ち、天に目を注ぎ、神の榮光およびイエスの神の右に立ちたまふを見て言ふ、
次には終きたらん、その時キリストは、もろもろの權能・權威・權力を亡して國を父なる神に付し給ふべし。
されば云へることあり『かれ高きところに昇りしとき、多くの虜をひきゐ、人々に賜物を賜へり』と。
實に大なるかな、敬虔の奧義『キリストは肉にて顯され、靈にて義とせられ、御使たちに見られ、もろもろの國人に宣傳へられ、世に信ぜられ、榮光のうちに上げられ給へり』
我等には、もろもろの天を通り給ひし偉なる大 祭司、神の子イエスあり。然れば我らが言ひあらはす信仰を堅く保つべし。
斯くのごとき大 祭司こそ我らに相應しき者なれ、即ち聖にして惡なく、穢なく、罪人より遠ざかり、諸般の天よりも高くせられ給へり。
キリストは眞のものに象れる、手にて造りたる聖所に入らず、眞の天に入りて今より我等のために神の前にあらはれ給ふ。
然れば兄弟よ、我らイエスの血により、
彼は天に昇りて神の右に在す。御使たち及びもろもろの權威と能力とは彼に服ふなり。