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TSK · マタイの福音書 22:16

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ミカヤ曰けるはヱホバは生くヱホバの我に言たまふ事は我之を言んと

かれらの口には眞實なく その衷はよこしま その喉はあばける墓 その舌はへつらひをいへばなり

その口はなめらかにして乳酥のごとくなれどもその心はたたかひなり その言はあぶらに勝りてやはらかなれどもぬきたる劍にことならず

われら罪ををかしてヱホバを棄われらの神にはなれてしたがはず 暴虐と悖逆とをかたり虚僞のことばを心にはらみて説出すなり

人の子よ汝の民の人々垣の下家の門にて汝の事を論じ互に語りあひ各々その兄弟に言ふ去來われら如何なる言のヱホバより出るかを聽んと

眞理の法彼の口に在て不義その口唇にあらず 彼平安と公義をとりて我とともにあゆみ又多の人を不義より立歸らせたりき

我が言ひしはパンの事にあらぬを何ぞ悟らざる。唯パリサイ人とサドカイ人とのパンだねに心せよ』

イエス彼らを戒めて言ひたまふ『愼みて、パリサイ人のパンだねと、ヘロデのパンだねとに心せよ』

その者ども來りて言ふ『師よ、我らは知る、汝は眞にして、誰をも憚りたまふ事なし、人の外貌を見ず、眞をもて神の道を教へ給へばなり。我ら貢をカイザルに納むるは、宜きか、惡しきか、納めんか、納めざらんか』

其の者どもイエスに問ひて言ふ『師よ、我らは汝の正しく語り、かつ教へ、外貌を取らず、眞をもて神の道を教へ給ふを知る。

イエス彼に言ひ給ふ『われは道なり、眞理なり、生命なり、我に由らでは誰にても父の御許にいたる者なし。

我らは多くの人のごとく神の言を曲げず、眞實により神による者のごとく、神の前にキリストに在りて語るなり。

されば今より後われ肉によりて人を知るまじ、曾て肉によりてキリストを知りしが、今より後は斯くの如くに知ることをせじ。

然るに、かの名ある者どもより――彼らは如何なる人なるにもせよ、我には關係なし、神は人の外面を取り給はず――實にかの名ある者どもは我に何をも加へず、

されど上よりの智慧は第一に潔よく、次に平和・寛容・温順また憐憫と善き果とに滿ち、人を偏り視ず、虚僞なきものなり。