TSK

TSK · マタイの福音書 23:34

مراجع Treasury of Scripture Knowledge في Bungo.

العودة إلى المقطع

其先祖の神ヱホバその民とその住所とを恤むが故に頻りにその使者を遣はして之を諭したまひしに

視よ、我なんぢらを遣すは、羊を豺狼のなかに入るるが如し。この故に蛇のごとく慧く、鴿のごとく素直なれ。

また言ひ給ふ『この故に、天國のことを教へられたる凡ての學者は、新しき物と舊き物とをその倉より出す家主のごとし』

されば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖 靈との名によりてバプテスマを施し、

且その名によりて罪の赦を得さする悔改は、エルサレムより始りて、もろもろの國人に宣傳へらるべしと。

イエスまた言ひたまふ『平安なんぢらに在れ、父の我を遣し給へるごとく、我も亦なんぢらを遣す』

彼 等その勸告にしたがひ、遂に使徒たちを呼び出して之を鞭うち、イエスの名によりて語ることを堅く禁じて釋せり。

ステパノを町より逐ひいだし、石にて撃てり。證人らその衣をサウロといふ若者の足下に置けり。

アンテオケの教會にバルナバ、ニゲルと稱ふるシメオン、クレネ人ルキオ、國守ヘロデの乳 兄弟マナエン及びサウロなどいふ預言者と教師とあり。

ユダもシラスもまた預言者なれば、多くの言をもて兄弟たちを勸めて彼らを堅うし、

されど我らは成人したる者の中にて智慧を語る。これ此の世の智慧にあらず、又この世の廢らんとする司たちの智慧にあらず、

然れば我なんぢらに示さん、神の御靈に感じて語る者は、誰も『イエスは詛はるべき者なり』と言はず、また聖 靈に感ぜざれば、誰も『イエスは主なり』と言ふ能はず。

されば云へることあり『かれ高きところに昇りしとき、多くの虜をひきゐ、人々に賜物を賜へり』と。

我らが異邦人に語りて救を得させんとするを拒み、神を悦ばせず、かつ萬民に逆ひ、かくして常に己が罪を充すなり。而して神の怒はかれらに臨みてその極に至れり。

地に住む者どもは彼らに就きて喜び樂しみ互に禮物を贈らん、此の二人の預言者は地に住む者を苦しめたればなり』