詩篇 119:126
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彼等はなんぢの法をすてたり 今はヱホバのはたらきたまふべき時なり
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彼等はなんぢの法をすてたり 今はヱホバのはたらきたまふべき時なり
汝いかで我ら智慧ありわれらにはヱホバの律法ありといふことをえんや視よまことに書記の僞の筆之を僞とせり
イエス答へて言ひたまふ『今は許せ、われら斯く正しき事をことごとく爲遂ぐるは、當然なり』ヨハネ乃ち許せり。
我なんぢらに告ぐ、汝らの義、學者・パリサイ人に勝らずば、天國に入ること能はず。
決して然らず、人をみな虚僞 者とすとも神を誠實とすべし。録して『なんぢは其の言にて義とせられ、審かるるとき勝を得給はん爲なり』とあるが如し。
さらば何をか言はん、律法は罪なるか、決して然らず、律法に由らでは、われ罪を知らず、律法に『貪る勿れ』と言はずば、慳貪を知らざりき。
我らの主イエス・キリストに頼りて神に感謝す、然れば我みづから心にては神の律法につかへ、内にては罪の法に事ふるなり。
キリストは凡て信ずる者の義とせられん爲に律法の終となり給へり。
律法なき者には――われ神に向ひて律法なきにあらず、反つてキリストの律法の下にあれど――律法なき者の如くなれり、これ律法なき者を得んがためなり。
我は神の恩惠を空しくせず、もし義とせらるること律法に由らば、キリストの死に給へるは徒然なり。
汝 等もし御靈に導かれなば、律法の下にあらじ。
汝 等もし聖書にある『おのれの如く汝の隣を愛すべし』との尊き律法を全うせば、その爲すところ善し。