惡き人の勝誇は暫時にして邪曲なる者の歡樂は時の間のみ
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TSK · ヨハネの福音書 16:20
Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
なんぢ踴躍をもてわが哀哭にかへわが麁服をとき歓喜をもてわが帶としたまへり
光はただしき人のためにまかれ 欣喜はこころ直きもののために播れたり
その日なんぢ言ん ヱホバよ我なんぢに感謝すべし 汝さきに我をいかり給ひしかどその怒はやみて我をなぐさめたまへり
灰にかへ冠をたまひてシオンの中のかなしむ者にあたへ 悲哀にかへて歡喜のあぶらを予へ うれひの心にかへて讃美の衣をかたへしめたまふなり かれらは義の樹 ヱホバの植たまふ者 その榮光をあらはす者ととなへられん
彼ら悲泣來らん我かれらをして祈禱をもて來らしめ直くして蹶かざる途より水の流に歩みいたらしめん我はイスラエルの父にしてエフライムは我長子なればなり
幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。
往來の者どもイエスを譏り、首を振りていふ、
その折しも、また鷄なきぬ。ペテロ『にはとり二度なく前に、なんぢ三度われを否まん』とイエスの言ひ給ひし御言を思ひいだし、思ひ反して泣きたり。
マリヤ往きて、イエスと偕にありし人々の、泣き悲しみ居るときに之を告ぐ。
祈を了へ、起ちて弟子たちの許にきたり、その憂によりて眠れるを見て言ひたまふ、
民の大なる群と、歎き悲しめる女たちの群と之に從ふ。
イエス彼らに言ひ給ふ『なんぢら歩みつつ互に語りあふ言は何ぞや』かれら悲しげなる状にて立ち止り、
唯これらの事を語りしによりて、憂なんぢらの心にみてり。
さてイエスの十字架の傍らには、その母と母の姉妹と、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤと立てり。
日々、心を一つにして弛みなく宮に居り、家にてパンをさき、勸喜と眞心とをもて食事をなし、
また彼により信仰によりて、今 立つところの恩惠に入ることを得、神の榮光を望みて喜ぶなり。
憂ふる者の如くなれども常に喜び、貧しき者の如くなれども多くの人を富ませ、何も有たぬ者の如くなれども凡ての物を有てり。
かくて汝らは大なる患難のうちにも、聖 靈による喜悦をもて御言をうけ、我ら及び主に效ふ者となり、
わが兄弟よ、なんぢら各樣の試錬に遭ふとき、只管これを歡喜とせよ。
願はくは汝らを守りて躓かしめず、瑕なくして榮光の御前に歡喜をもて立つことを得しめ給ふ者、
地に住む者どもは彼らに就きて喜び樂しみ互に禮物を贈らん、此の二人の預言者は地に住む者を苦しめたればなり』