詩篇 36:9
TSK
そはいのちの泉はなんぢに在り われらはなんぢの光によりて光をみん
TSK
Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
そはいのちの泉はなんぢに在り われらはなんぢの光によりて光をみん
噫なんぢら渇ける者ことごとく水にきたれ 金なき者もきたるべし 汝等きたりてかひ求めてくらへ きたれ金なく價なくして葡萄酒と乳とをかへ
我かれらの反逆を醫し悦びて之を愛せん我が怒はかれを離れ去たり
イエス答へて言ひ給ふ『なんぢ若し神の賜物を知り、また「我に飮ませよ」といふ者の誰なるを知りたらんには、之に求めしならん、さらば汝に活ける水を與へしものを』
祭の終の大なる日に、イエス立ちて呼はりて言ひたまふ『人もし渇かば我に來りて飮め。
己の御子を惜まずして我ら衆のために付し給ひし者は、などか之にそへて萬物を我らに賜はざらんや。
アポロは何 者ぞ、パウロは何 者ぞ、彼 等はおのおの主の賜ふところに隨ひ、汝らをして信ぜしめたる役者に過ぎざるなり。
さらば誰も人を誇とすな、萬の物は汝らの有なればなり。
今いまし、昔いまし、後きたり給ふ主なる全能の神いひ給ふ『我はアルパなり、オメガなり』
我これを見しとき其の足下に倒れて死にたる者の如くなれり。彼その右の手を我に按きて言ひたまふ『懼るな、我は最先なり、最後なり、
天および其の中に在るもの、地および其の中にあるもの、海および其の中にある物を造り給ひし、世々 限りなく生きたまふ者を指し、誓ひて言ふ『この後、時は延ぶることなし。
我はアルパなり、オメガなり、最先なり、最後なり、始なり、終なり、