汝ら斯ヨセフにいふべし汝の兄弟汝に惡をなしたれども冀はくはその罪咎をゆるせと然ば請ふ汝の父の神の僕等の咎をゆるせとヨセフその言を聞て啼泣り
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TSK · ローマ人への手紙 6:22
Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
ヱホバ、サタンに言たまひけるは汝心をもちひてわが僕ヨブを觀しや 彼のごとく完全かつ正くして神を畏れ惡に遠ざかる人世にあらざるなり
ねがはくはわが霊魂をまもりたまへ われ神をうやまふ者なればなり わが神よなんぢに依賴める汝のしもべを救ひ給へ
又なんぢの仁慈によりてわが仇をたち 霊魂をくるしむる者をことごとく滅したまへ そは我なんぢの僕なり
ネブカデネザルすなはちその火の燃る爐の口に進みよりて呼て言ふ至高神の僕シヤデラク、メシヤク、アベデネゴよ汝ら出きたれと是においてシヤデラク、メシヤクおよびアベデネゴその火の中より出きたりしかば
されば毒 麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし。
また凡そ我が名のために、或は家、あるひは兄弟、あるひは姉妹、あるひは父、あるひは母、あるひは子、あるひは田畑を棄つる者は、數倍を受け、また永遠の生命を嗣がん。
刈る者は價を受けて永遠の生命の實を集む。播く者と刈る者とともに喜ばん爲なり。
おほよそ我にありて果を結ばぬ枝は、父これを除き、果を結ぶものは、いよいよ果を結ばせん爲に之を潔めたまふ。
汝らは律法の下にあらずして恩惠の下にあれば、罪は汝らに主となる事なきなり。
その時に今は恥とする所の事によりて何の實を得しか、これらの事の極は死なり。
我らの主イエス・キリストに頼りて神に感謝す、然れば我みづから心にては神の律法につかへ、内にては罪の法に事ふるなり。
召されて主にある奴隷は、主につける自主の人なり。斯くのごとく自主にして召されたる者は、キリストの奴隷なり。
我いま人に喜ばれんとするか、或は神に喜ばれんとするか、抑もまた人を喜ばせんことを求むるか。もし我なほ人を喜ばせをらば、キリストの僕にあらじ。
されど御靈の果は愛・喜悦・平和・寛容・仁慈・善良・忠信・
イエス・キリストによる義の果を充して、神の榮光と譽とを顯さん事を。
凡てのこと主を悦ばせんが爲に、その御意に從ひて歩み、凡ての善き業によりて果を結び、いよいよ神を知り、
¶ 神の僕またイエス・キリストの使徒パウロ――我が使徒となれるは、永遠の生命の望に基きて神の選民の信仰を堅うし、また彼らを敬虔にかなふ眞理を知る知識に至らしめん爲なり。
これ信仰の極、すなはち靈魂の救を受くるに因る。
長老たちの一人われに向ひて言ふ『この白き衣を著たるは如何なる者にして何處より來りしか』