この三人すなはちペリシテ人の軍兵の中を衝とほりてベテレヘムの門にある井の水を汲取てダビデの許に携へきたれり然どダビデこれを飮ことをせす之をヱホバの前に灌ぎて
TSK
TSK · 使徒の働き 20:24
مراجع Treasury of Scripture Knowledge في Bungo.
汝 等もまた初より我とともに在りたれば證するなり。
彼は我らの中に數へられ、此の務に與りたればなり。
かれ來りて、神の恩惠を見てよろこび、彼 等に、みな心を堅くして主にをらんことを勸む。
ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に對して悔改め、われらの主イエスに對して信仰すべきことを證せり。
その時パウロ答ふ『なんぢら何ぞ歎きて我が心を挫くか、我エルサレムにて、主イエスの名のために、唯に縛らるるのみかは、死ぬることをも覺悟せり』
我なんぢを此の民および異邦人より救はん、又なんぢを彼らに遣し、
それ働く者への報酬は恩惠といはず、負債と認めらる。
我等をキリストの愛より離れしむる者は誰ぞ、患難か、苦難か、迫害か、飢か、裸か、危險か、劍か。
若しわれ心より之をなさば報を得ん、たとひ心ならずとも我はその務を委ねられたり。
然れば我が愛する兄弟よ、確くして搖くことなく、常に勵みて主の事を務めよ、汝 等その勞の、主にありて空しからぬを知ればなり。
われら四方より患難を受くれども窮せず、爲ん方つくれども希望を失はず、
この故に我らは落膽せず、我らが外なる人は壞るれども、内なる人は日々に新なり。
反つて凡ての事において神の役者のごとく己をあらはす、即ち患難にも、窮乏にも、苦難にも、
この故に我はキリストの爲に微弱・恥辱・艱難・迫害・苦難に遭ふことを喜ぶ、そは我よわき時に強ければなり。
是その愛しみ給ふ者によりて我らに賜ひたる恩惠の榮光に譽あらん爲なり。
されば汝らに請ふ、わが汝 等のために受くる患難に就きて落膽すな、是なんぢらの譽なり。
さらば汝らの信仰の供物と祭とに加へて、我が血を灌ぐとも我は喜ばん、なんぢら衆と共に喜ばん。
われ今なんぢらの爲に受くる苦難を喜び、又キリストの體なる教會のために、我が身をもてキリストの患難の缺けたるを補ふ。
この患難によりて動かさるる者の無からん爲なり。患難に遭ふことの我らに定りたるは、汝 等みづから知る所なり。
またアンテオケ、イコニオム、ルステラにて起りし事、わが如何なる迫害を忍びしかを知る。主は凡てこれらの中より我を救ひ出したまへり。
されど主われと偕に在して我を強めたまへり。これ我によりて宣教の全うせられ、凡ての異邦人のこれを聞かん爲なり。而して我は獅子の口より救ひ出されたり。
凡ての人に救を得さする神の恩惠は既に顯れて、
我ら斯くのごとき大なる救を等閑にして爭でか遁るることを得ん。この救は初め主によりて語り給ひしものにして、聞きし者ども之を我らに確うし、
この故に我らは斯く多くの證人に雲のごとく圍まれたれば、凡ての重荷と纏へる罪とを除け、忍耐をもて我らの前に置かれたる馳場をはしり、
主は我らの爲に生命を捨てたまへり、之によりて愛といふことを知りたり、我等もまた兄弟のために生命を捨つべきなり。