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TSK · へブル人への手紙 6:2

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なんぢの死者はいきわが民の屍はおきん 塵にふすものよ醒てうたうたふべし なんぢの露は草木をうるほす露のごとく地はなきたまをいださん

また地の下に睡りをる者の中衆多の者目を醒さんその中永生を得る者ありまた恥辱を蒙りて限なく羞る者あるべし

イエス答へて言ひ給ふ『なんぢらは求むる所を知らず、我が飮まんとする酒杯を飮み得るか』かれら言ふ『得るなり』

人の子その榮光をもて、もろもろの御使を率ゐきたる時、その榮光の座位に坐せん。

また市場より歸りては、まず禊がざれば食はず。このほか酒杯・鉢・銅の器を濯ぐなど、多くの傳を承けて固く執りたり。

信じてバプテスマを受くる者は救はるべし、然れど信ぜぬ者は罪に定めらるべし。

食事 前に手を洗ひ給はぬを、此のパリサイ人 見て怪しみたれば、

彼らは報ゆること能はぬ故に、なんぢ幸福なるべし。正しき者の復活の時に報いらるるなり』

ここにヨハネの弟子たちと一人のユダヤ人との間に、潔につきて論 起りたれば、

ペテロ答ふ『なんぢら悔改めて、おのおの罪の赦を得んために、イエス・キリストの名によりてバプテスマを受けよ、然らば聖 靈の賜物を受けん。

その民を教へ、又イエスの事を引きて死人の中よりの復活を宣ぶるを憂ひ、

然るにピリポが、神の國とイエス・キリストの御名とに就きて宣傳ふるを人々 信じたれば、男女ともにバプテスマを受く。

ここにペテロ答へて言ふ『この人々われらの如く聖 靈をうけたれば、誰か水を禁じて其のバプテスマを受くることを拒み得んや』

彼は己も家族もバプテスマを受けてのち、我らに勸めて言ふ『なんぢら我を主の信者なりとせば、我が家に來りて留れ』斯く強ひて我らを留めたり。

斯てエピクロス派ならびにストア派の哲學者 數人これと論じあひ、或 者らは言ふ『この囀る者なにを言はんとするか』或 者らは言ふ『かれは異なる神々を傳ふる者の如し』是はパウロがイエスと復活とを宣べたる故なり。

『なんぢら信者となりしとき聖 靈を受けしか』と言ひたれば、彼 等いふ『いな、我らは聖 靈の有ることすら聞かず』

かれら自らも待てるごとく、義者と不義者との復活あるべしと、神を仰ぎて望を懷くなり。

パウロが正義と節制と來らんとする審判とにつきて論じたる時、ペリクス懼れて答ふ『今は去れ、よき機を得てまた招かん』

なんぢ頑固と悔改めぬ心とにより、己のために神の怒を積みて、その正しき審判の顯るる怒の日に及ぶなり。

なんじら知らぬか、凡そキリスト・イエスに合ふバプテスマを受けたる我らは、その死に合ふバプテスマを受けしを。

彼は萬物を己に服はせ得る能力によりて、我らの卑しき状の體を化へて、己が榮光の體に象らせ給はん。

我らの信ずる如く、イエスもし死にて甦へり給ひしならば、神はイエスによりて眠に就きたる者を、イエスと共に連れきたり給ふべきなり。

此 等はただ食物・飮物さまざまの濯事などに係り、肉に屬する定にして、改革の時まで負せられたるのみ。

これらの靈は、昔ノアの時代に方舟の備へらるるあひだ寛容をもて神の待ち給へるとき、服はざりし者どもなり、その方舟に入り水を經て救はれし者は、僅にしてただ八人なりき。

アダムより七代に當るエノク彼らに就きて預言せり。曰く『視よ、主はその聖なる千萬の衆を率ゐて來りたまへり。