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TSK · イザヤ書 61:2

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七月の十日になんぢ喇叭の聲を鳴わたらしむべし即ち贖罪の日になんぢら國の中にあまねく喇叭を吹ならさしめ

このヨベルの年にはなんぢらおのおのその產業にかへるべし

とこしへまで死を呑たまはん 主ヱホバはすべての面より涙をぬぐひ 全地のうへよりその民の凌辱をのぞき給はん これはヱホバの語りたまへるなり

心さわがしきものに對ていへ なんぢら雄々しかれ懼るるなかれ なんぢらの神をみよ 刑罰きたり神の報きたらん 神きたりてなんぢらを救ひたまふべし

我こそ我なんぢらを慰むれ 汝いかなる者なれば死べき人をおそれ草の如くなるべき人の子をおそるるか

ヱホバ義をまとひて護胸とし救をその頭にいただきて兜となし 仇をまとひて衣となし 熱心をきて外服となしたまへり

そは刑罰の日わが心の中にあり 救贖の歳すでにきたれり

なんぢら見て心よろこばん なんぢらの骨は若草のさかゆるごとくだるべし ヱホバの手はその僕等にあらはれ又その仇をはげしく怒りたまはん

此は主なる萬軍のヱホバの復仇の日即ちその敵に仇を復し給ふ日なり劍は食ひて飽きその血に醉はん主なる萬軍のヱホバ北の地にてユフラテ河の旁に宰ることをなし給へばなり

幸福なる哉、いま飢うる者よ、汝ら飽くことを得ん。幸福なる哉、いま泣く者よ、汝ら笑ふことを得ん。

われらを凡ての患難のうちに慰め、我等をして自ら神に慰めらるる慰安をもて、諸般の患難に居る者を慰むることを得しめ給ふ。

我らが異邦人に語りて救を得させんとするを拒み、神を悦ばせず、かつ萬民に逆ひ、かくして常に己が罪を充すなり。而して神の怒はかれらに臨みてその極に至れり。