われ詔命をのべんヱホバわれに宣まへり なんぢはわが子なり今日われなんぢを生り
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TSK · ヨハネの福音書 1:14
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この故に主みづから一の豫兆をなんぢらに賜ふべし 視よをとめ孕みて子をうまん その名をインマヌエルと稱ふべし
かれは主のまへに芽えのごとく 燥きたる土よりいづる樹株のごとくそだちたり われらが見るべきうるはしき容なく うつくしき貌はなく われらがしたふべき艶色なし
ヤコブ、マリヤの夫ヨセフを生めり。此のマリヤよりキリストと稱ふるイエス生れ給へり。
六日の後、イエス、ペテロ、ヤコブ及びヤコブの兄弟ヨハネを率きつれ、人を避けて高き山に登りたまふ。
初子をうみ、之を布に包みて馬槽に臥させたり。旅舍にをる處なかりし故なり。
ペテロ及び共にをる者いたく睡氣ざしたれど、目を覺してイエスの榮光および偕に立つ二人を見たり。
我らは皆その充ち滿ちたる中より受けて、恩惠に恩惠を加へらる。
それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。
我は天より降りし活けるパンなり、人このパンを食はば永遠に活くべし。我が與ふるパンは我が肉なり、世の生命のために之を與へん』
『彼らの眼を暗くし、心を頑固にし給へり。これ目にて見、心にて悟り、ひるがへりて、我に醫さるる事なからん爲なり』
イエス言ひ給ふ『ピリポ、我かく久しく汝らと偕に居りしに、我を知らぬか。我を見し者は父を見しなり、如何なれば「我らに父を示せ」と言ふか。
神はイエスを甦へらせて、その約束を我らの子孫に成就したまへり。即ち詩の第二 篇に「なんぢは我が子なり、われ今日なんぢを生めり」と録されたるが如し。
肉によりて弱くなれる律法の成し能はぬ所を神は爲し給へり、即ち己の子を罪ある肉の形にて罪のために遣し、肉に於て罪を定めたまへり。
第一の人は地より出でて土に屬し、第二の人は天より出でたる者なり。
言ひたまふ『わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり』さればキリストの能力の我を庇はんために、寧ろ大に喜びて我が微弱を誇らん。
我は凡ての聖徒のうちの最 小き者よりも小き者なるに、キリストの測るべからざる富を異邦人に傳へ、
即ち彼は神の貌にて居給ひしが、神と等しくある事を固く保たんとは思はず、
キリストには知慧と知識との凡ての寶 藏れあり。
而して我らの主の恩惠は、キリスト・イエスに由れる信仰および愛とともに溢るるばかり彌増せり。
御子は神の榮光のかがやき、神の本質の像にして、己が權能の言をもて萬の物を保ちたまふ。また罪の潔をなして、高き處にある稜威の右に坐し給へり。
潔めたまふ者も、潔めらるる者も、皆ただ一つより出づ。この故に彼らを兄弟と稱ふるを恥とせずして言ひ給ふ、
斯くの如くキリストも己を崇めて自ら大 祭司となり給はず。之に向ひて『なんじは我が子なり、われ今日なんじを生めり』と語り給ひし者、これを立てたり。
主は人に棄てられ給へど、神に選ばれたる貴き活ける石なり。
¶ 太初より有りし所のもの、我等が聞きしところ、目にて見し所、つらつら視て手觸りし所のもの、即ち生命の言につきて、
神の愛われらに顯れたり。神はその生み給へる獨子を世に遣し、我等をして彼によりて生命を得しめ給ふに因る。
人を惑すもの多く世にいで、イエス・キリストの肉體にて來り給ひしことを言ひ表さず、かかる者は人を惑す者にして、非キリストなり。