詩篇 22:22
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われなんぢの名をわが兄弟にのべつたへ なんぢを會のなかにて讃たたへん
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われなんぢの名をわが兄弟にのべつたへ なんぢを會のなかにて讃たたへん
我はおのれの榮光を求めず、之を求めかつ審判し給ふ者あり。
イエス答へて言ひ給ふ『人もし我を愛せば、わが言を守らん、わが父これを愛し、かつ我等その許に來りて住處を之とともにせん。
父の我を愛し給ひしごとく、我も汝らを愛したり、わが愛に居れ。
世の中より我に賜ひし人々に、われ御名をあらはせり。彼らは汝の有なるを我に賜へり、而して彼らは汝の言を守りたり。
若しキリスト汝らに在さば、體は罪によりて死にたる者なれど、靈は義によりて生命に在らん。
體は一つにして肢は多し、體の肢は多くとも一つの體なるが如く、キリストも亦 然り。
是その愛しみ給ふ者によりて我らに賜ひたる恩惠の榮光に譽あらん爲なり。
されど神は憐憫に富み給ふが故に、我らを愛する大なる愛をもて、
我らは彼の體の肢なり、
神は聖徒をして異邦人の中なるこの奧義の榮光の富の如何ばかりなるかを知らしめんと欲し給へり、此の奧義は汝らの中に在すキリストにして榮光の望なり。
かくてギリシヤ人とユダヤ人、割禮と無 割禮、あるひは夷狄、スクテヤ人・奴隷・自主の別ある事なし、それキリストは萬の物なり、萬のものの中にあり。
『われ御名を我が兄弟たちに告げ、集會の中にて汝を讃め歌はん』
神、御靈を賜ひしに因りて、我ら神に居り神われらに居給ふことを知る。