詩篇 32:1
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その愆をゆるされその罪をおほはれしものは福ひなり
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その愆をゆるされその罪をおほはれしものは福ひなり
なんぢらの神いひたまはく なぐさめよ汝等わが民をなぐさめよ
然どかの日の後に我イスラエルの家に立んところの契約は此なり即ちわれ我律法をかれらの衷におきその心の上に錄さん我は彼らの神となり彼らは我民となるべしとヱホバいひたまふ
イエス聞きて怪しみ、從へる人々に言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、かかる篤き信仰はイスラエルの中の一人にだに見しことなし。
人の子 地にて罪を赦す權威あることを汝らに知らせん爲に』――ここに中風の者に言ひ給ふ――『起きよ、床をとりて汝の家にかへれ』
夕となり、日いりてのち、人々すべての病ある者・惡鬼に憑かれたる者をイエスに連れ來り、
イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ』
この故に我なんぢに告ぐ、この女の多くの罪は赦されたり。その愛すること大なればなり。赦さるる事の少き者は、その愛する事もまた少し』
此 等のことを汝らに語りたるは、汝ら我に在りて平安を得んが爲なり。なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり』
終には人々、病める者を大路に舁ききたり、寢臺または床の上におく。此 等のうち誰にもせよ、ペテロの過ぎん時、その影になりと庇はれんとてなり。
この人パウロの語るを聽きゐたるが、パウロ之に目をとめ、救はるべき信仰あるを見て、
ダビデもまた行爲なくして神に義と認めらるる人の幸福につきて斯く云へり。曰く、
而して我らを光にある聖徒の嗣業に與るに足る者とし給ひし父に感謝せん事なり。