詩篇 40:6
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なんぢ犠牲と祭物とをよろこびたまはず汝わが耳をひらきたまへり なんぢ燔祭と罪祭とをもとめたまはず
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Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.
なんぢ犠牲と祭物とをよろこびたまはず汝わが耳をひらきたまへり なんぢ燔祭と罪祭とをもとめたまはず
我わが父に請ひて、十二 軍に餘る御使を今あたへらるること能はずと思ふか。
我みづから何事もなし能はず、ただ聞くままに審くなり。わが審判は正し、それは我が意を求めずして、我を遣し給ひし者の御意を求むるに因る。
我は善き牧者なり、善き牧者は羊のために生命を捨つ。
之によりて父は我を愛し給ふ、それは我ふたたび生命を得んために生命を捨つる故なり。
なんぢら若しわが誡命をまもらば、我が愛にをらん、我わが父の誡命を守りて、その愛に居るがごとし。
イエス答へ給ふ『なんぢ上より賜はらずば、我に對して何の權威もなし。この故に我をなんぢに付しし者の罪は更に大なり』
神はこのイエスを甦へらせ給へり、我らは皆その證人なり。
即ち彼は神の貌にて居給ひしが、神と等しくある事を固く保たんとは思はず、
ただ御使よりも少しく卑くせられしイエスの、死の苦難を受くるによりて榮光と尊貴とを冠らせられ給へるを見る。これ神の恩惠によりて萬民のために死を味ひ給はんとてなり。
また他の篇に『なんじは永遠にメルキゼデクの位に等しき祭司たり』と言ひ給へるが如し。