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TSK · テトスへの手紙 3:5

Treasury of Scripture Knowledge references in Bungo.

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人は如何なる者ぞ 如何してか潔からん 婦の產し者は如何なる者ぞ 如何してか義からん

ああ神よわがために清心をつくり わが衷になほき霊をあらたにおこしたまへ

主よなんぢは惠ふかくまた赦をこのみたまふ 汝によばふ凡てのものを豊かにあはれみたまふ

イスラエルよヱホバによりて望をいだけ そはヱホバにあはれみあり またゆたかなる救贖あり

我なんぢの義をつげしめさん なんぢの作はなんぢに益せじ

答へて言ふ『なんぢ心を盡し精神を盡し、力を盡し、思を盡して、主たる汝の神を愛すべし。また己のごとく汝の隣を愛すべし』

律法の行爲によりては、一人だに神のまへに義とせられず、律法によりて罪は知らるるなり。

されど働く事なくとも、敬虔ならぬ者を義としたまふ神を信ずる者は、その信仰を義と認めらるるなり。

もし恩惠によるとせば、もはや行爲によるにあらず。然らずば恩惠はもはや恩惠たらざるべし。

汝 等のうち曩には斯くのごとき者ありしかど、主イエス・キリストの名により、我らの神の御靈によりて、己を洗ひかつ潔められ、かつ義とせらるることを得たり。

かの約束はアブラハムと其の裔とに與へ給ひし者なり。多くの者を指すごとく『裔々に』とは云はず、一人を指すごとく『なんぢの裔に』と云へり、これ即ちキリストなり。

新しき人を著たればなり。この新しき人は、これを造り給ひしものの像に循ひ、いよいよ新になりて知識に至るなり。

されど我らの救主なる神の仁慈と、人を愛したまふ愛との顯れしとき、

墮落する者は更にまた自ら神の子を十字架に釘けて肆し者とする故に、再びこれを悔改に立返らすること能はざるなり。

なんぢら前には民にあらざりしが、今は神の民なり。前には憐憫を蒙らざりしが、今は憐憫を蒙れり。