列王記Ⅱ 2:16
TSK
かれにいひけるは僕等に勇力者五十人あり請ふかれらをして往てなんぢの主を尋ねしめよ恐くはヱホバの霊かれを曳あげてこれを或山か或谷に放ちしならんとエリシヤ遣すなかれと言けれども
TSK
مراجع Treasury of Scripture Knowledge في Bungo.
かれにいひけるは僕等に勇力者五十人あり請ふかれらをして往てなんぢの主を尋ねしめよ恐くはヱホバの霊かれを曳あげてこれを或山か或谷に放ちしならんとエリシヤ遣すなかれと言けれども
われ汝のもろもろの證詞をとこしへにわが嗣業とせり これらの證詞はわが心をよろこばしむ
なんぢらは喜びて出きたり平穩にみちびかれゆくべし山と岡とは聲をはなちて前にうたひ野にある樹はみな手をうたん
母のその子をなぐさむるごとく我もなんぢらを慰めん なんぢらはヱルサレムにて安慰をうべし
彼手のごとき者を伸て吾が頭髮を執りしかば靈われを地と天の間に曳あげ神の異象の中に我をヱルサレムに携へゆき北にむかへる内の門の口にいたらしむ其處に嫉妬をおこすところの嫉妬の像たてり
時に靈われを擧げ神の靈に由りて異象の中に我をカルデヤに携へゆきて俘囚者の所にいたらしむ吾見たる異象すなはちわれを離れて昇れり
イエス、バプテスマを受けて直ちに水より上り給ひしとき、視よ、天ひらけ、神の御靈の、鴿のごとく降りて己が上にきたるを見 給ふ。
かくて水より上るをりしも、天さけゆき、御靈、鴿のごとく己に降るを見 給ふ。
弟子たちは喜悦と聖 靈とにて滿され居たり。
また彼により信仰によりて、今 立つところの恩惠に入ることを得、神の榮光を望みて喜ぶなり。
我はキリストにある一人の人を知る。この人、十四年 前に第三の天にまで取去られたり(肉體にてか、われ知らず、肉體を離れてか、われ知らず、神しり給ふ)
汝ら常に主にありて喜べ、我また言ふ、なんぢら喜べ。
されど今なんぢらは高ぶりて誇る、斯くのごとき誇はみな惡しきなり。