聖名をしるものはなんぢに依賴ん そはヱホバよなんぢを尋るものの棄られしこと斷てなければなり
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TSK · ヨハネの福音書 7:28
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汝の住居は詭譎の中にあり彼らは詭譎のために我を識ことをいなめりとヱホバいひたまふ
イスラエルの子輩よヱホバの言を聽けヱホバこの地に住る者と爭辨たまふ其は此地には誠實なく愛情なく神を知る事なければなり
この故にわれらヱホバをしるべし切にヱホバを知ることを求むべしヱホバは晨光のごとく必ずあらはれいで雨のごとくわれらにのぞみ後の雨のごとく地をうるほし給ふ
すべての物は我わが父より委ねられたり。子を知る者は父の外になく、父をしる者は子または子の欲するままに顯すところの者の外になし。
今日ダビデの町にて汝らの爲に救主うまれ給へり、これ主キリストなり。
かくてイエス彼 等とともに下り、ナザレに往きて順ひ事へたまふ。其の母これらの事をことごとく心に藏む。
ナタナエル言ふ『ナザレより何の善き者か出づべき』ピリポいふ『來りて見よ』
その證を受くる者は、印して神を眞なりとす。
我はわが父の名によりて來りしに、汝 等われを受けず、もし他の人おのれの名によりて來らば之を受けん。
イエス答へて言ひ給ふ『われ自ら己につきて證すとも、我が證は眞なり、我は何處より來り何處に往くを知る故なり。汝らは我が何處より來り、何處に往くを知らず、
ここに彼ら言ふ『なんぢの父は何處にあるか』イエス答へ給ふ『なんぢらは我をも我が父をも知らず、我を知りしならば、我が父をも知りしならん』
イエス言ひたまふ『神もし汝らの父ならば、汝ら我を愛せん、われ神より出でて來ればなり。我は己より來るにあらず、神われを遣し給へり。
然るに父の潔め別ちて世に遣し給ひし者が「われは神の子なり」と言へばとて、何ぞ「瀆言を言ふ」といふか。
我の父に居り、父の我に居給ふことを信ぜぬか。わが汝 等にいふ言は、己によりて語るにあらず、父われに在して御業をおこなひ給ふなり。
これらの事をなすは、父と我とを知らぬ故なり。
正しき父よ、げに世は汝を知らず、されど我は汝を知り、この者どもも汝の我を遣し給ひしことを知れり。
また神を心に存むるを善しとせざれば、神もその邪曲なる心の隨に爲まじき事をするに任せ給へり。
神は眞實にて在せば、我らが汝らに對する言も、然りまた否と言ふが如きにあらず。
僞りなき神は、創世の前に、この生命を約束し給ひしが、
我らその誡命を守らば、之によりて彼を知ることを自ら悟る。